家族っていいなあ

新潟日報  掲載完了
連載されていた中から 4つのエッセイをご紹介いたします。

No.51 家族で守る     No.95 かわいい     No.100 妻の長い髪     No.105 初ミシン 


 

No.51 家族で守る
父が風呂を空焚きしてしまい、家じゅうに煙と悪臭が漂い大騒ぎだった。父は風呂から出るときに自分が最後と思い、お湯を落したのだ。しかし、まだ追い焚きの火がつきっぱなし。それで釜から煙が出て大騒ぎになったというわけだ。

 父のこういう類い失敗はよくあって、本人は気をつけているつもりでも、脳梗塞の後遺症が最後の詰めを甘くしているようだ。これまでも水道の出しっぱなしやトイレの流し忘れなどがあり、それらは「まあ、しょうがないか」とすませていたが、今回はそんなノンビリしたことも言ってられない。私は父に「気をつけてもらわないと困る。家族を危険な目に遭わせないでくれ」と強い口調で怒った。そしたら、高三の娘が目に涙をためて私に言ったのだ。「おじいちゃんは病気なのよ。みんなの手伝いをしようと思って、お風呂のお湯を落したんだよ」と。

 そうだった。父はわざと失敗しているわけじゃない。気をつけていても間違えてしまう「病気」なのだ。それをフォローするのが家族の役目だったはずだ。
 今回の件で、父はかなりショックを受けたようだ。明け方、母に、「オレがこの家にいるとみんなに迷惑をかける。どこかの施設に入れて隔離してくれないか」と言ったらしい。そう思わせた責任は私にある。父は私に怒られても言い返しもせず、ただ黙って聞いて自分を責めていたのだ。

 残り時間がそれほど長くなかろう父に、私はどうして優しくできないのかと自己嫌悪だった。

 翌日の夕ごはんの席に着くとき、父が小声で言った。「昨日はみんなに迷惑かけて悪かった。おじいちゃん、これから気をつけるから」と。それを聞いた家族一同は、慌てて両手を「ううん」と振った。全員みごとに同じ動きで、おかしくって涙が出そうだった。ありがとう、みんな。
 
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No.95 かわいい
こんにちは。
ようこそここへ。ボクがお父さんです。向こうのお部屋で休んでいる人がお母さんです。キミはさっきお母さんから生まれました。お母さんは命懸けでキミを生みました。キミも命懸けでお母さんから生まれました。こんどはお父さんが命懸けでキミとお母さんを守ります。
ありがとう。生まれてきてくれてありがとう。ボクたちの子どもになってくれてありがとう。

 生まれたばかりの娘を見つめながら、心の中で語りかけた。なんどもなんども語りかけた。
すべてをかけて守ろうと、なんの躊躇もなく誓える存在、それが、わが子だった。かわいかった。

 予定日の二週間前、妻は重度の妊娠中毒症となり、急きょ帝王切開による出産となった。
母子ともに安全とは言い難い状況だった。「妻が無事でありますように。娘が元気に生まれますように」と祈った。それ以上の「よいこと」は、オマケでいいと思った。

 そんなことを思い出したのは、知人夫婦が連れてきた生後40日の赤ちゃんを見たからだ。
久しぶりに間近で見た赤ちゃん。かわいかった。まだ言葉を理解しないわが子に話しかける新米の父と母。言葉は通じなくとも愛は通じる。その子は、これからも親の愛をいっぱい浴びながら育っていくことだろう。

 うちの息子は、娘が四歳のときに生まれた。
「こんにちは。アタシがお姉ちゃんだよ。おうちにきてくれてありがとう。弟になってくれてありがとう」
そう言いながら、娘は自分のホッペを弟の頭にくっつけていた。かわいくてたまらない様子。涙が出そうなくらい幸せな情景だった。

 そんな二人の様子を「かわいい」と言って見つめる妻の笑顔が、とてもとてもかわいかった。
 みんなのかわいさを、一生守っていこうと思った。

 
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No.100 妻の長い髪
「そろそろ目立ってきたようだね」と私が言うと、「あら、そう?」と妻は新聞を読んでいた顔をあげ、頭に手をやった。よく晴れた休みの日の朝だった。

 妻の髪に白いものが出てくると、私はちょっとせつない気持ちになってくる。私が苦労かけているためかと思ってしまう。いや、実際にその何割かは、私のイケナイ所行のせいなんだろうけど。

 妻にはいつまでも若くいてもらいたい。
 その日の午後に二人で薬局にいき、オシャレ染めを買ってきた。
 染めるのは私の役目。何度もやっているので慣れたものだ。正座した妻の後ろに回り、ゆっくりと髪をといていく。肩の下まである長い髪。付属のブラシで塗っていけばいいのだが、慣れないうちは、髪についた液がはねて私の腕や服にくっついた。するとたちまち茶色く染まってしまうのだ。だから、ゆっくりゆっくり飛ばさぬように、チューブの中身がなくなるまで丁寧に塗っていく。塗り終わったあとは、しっかりと染め液が髪に馴染むよう、二十分間じっとして待つ。

 時計を見て「時間だね」と私が言うと、「はい」と答えた妻は、ゆっくりと立ちあがり風呂場に向かった。

 髪を洗って出てくるまでは、どんな染まり具合になっているのか塗った私にもわからない。結果が出るまで、なんともドキドキ。へんな染まりかただったらどうしようと、じつは心配している。万が一のときは、知りあいの美容室にいって速攻で染め直してもらうつもりなのだが、幸いなことにまだ失敗はない。

 うん、今回もうまくいった。洗面所の鏡の前に立つ妻の髪は、とてもオシャレに輝いている。
 その後ろに私はまわり「まあ、こんなもんだね」と言いながら、妻の長い髪に指をからませていた。
  
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No.105 初ミシン
ミシンを買った。
 前から欲しいと思っていたのだが、私に使えるかどうかわからないし、けっこうな値段もするからフンギリがつかないでいた。しかし先日、インターネットで超安値のミシンを見つけたので、思いきって申し込んだ。妻にはナイショ。とつぜん見せて驚かすつもり。

 送金から二日で届いた。ワクワクと梱包をほどき現物を見たら、想像以上に小さな姿。背丈は十五センチほどだし、全体が薄いのプラスチックでできていて指一本で持ちあがる軽さだ。「大丈夫かなあ?」というのが正直な感想だった。

 説明書を見ながら糸を通し、試しに薄いボロ布を二枚重ねてスイッチ・オン。おお、なんとなんと、予想に反してタタタッと軽快に縫いはじめたではないか。思わず「疑ってスマン」とミシンに謝ってしまった。

 次に本番というわけで、ヒザの破けたジーパンを持ってきて再びスイッチ・オン。
これまた軽快にタタタッと動きだし「すごいすごい」と喜んでいたら、とつぜん「むーん」とモーターが唸って止まってしまった。針のところで布がダンゴになって詰まっている。糸もなんだか絡まっているみたい。軽く布をひっぱってみたが動かない。そこで癇癪をおこして力まかせに引っ張ったら、ベキッと鈍い音をたてミシンは壊れた。あわてて説明書を読むと「糸や布が詰まったとき、無理に引っ張ると壊れます」と書いてある。なんと説明書に忠実なミシンであろうか。

 本体を持ちあげ揺すってみると、中から「ガチャガチャ」と音がした。ひっくり返して叩いてみたら、ネジと破片が寂しく落ちた。それらをまとめて箱に詰め、急いで押入れに片づけた。

 妻にとつぜん見せて驚かそうと思ったミシンだけれど、驚くだけでは終わらない気がする。ああ、どうしよう。
 
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