父はなくとも…

本文より抜粋

●カバ似

 家族で集まって、自分の得意なことを話しあってた。
「わたしはね、走るのはヘタだけど、水泳は得意なのよ」と妻が自慢した。
それを聞いた小一の息子は、目を輝かせて言ったのだ。

 「おかあさん、それってすごいよ!」
 「そ、そうでしょ」と、息子の勢いに戸惑いながらもちょっと得意げな妻。
 「うん。すごいよ! だって、カバもそうなんだよ!」

 それ以来、 妻はカバ似と言われている。


●「そりてて」

 息子が小学校一年生のときのこと。
その日のわたしは、締切りまぎわの原稿ができあがらずイライラしていた。
そんなときに階下から息子の泣き声がしはじめ、それがだんだんと大きくなっ てきたからイラつきが増
幅し、ついにはドタドタと階段をおりてしまった。

 そこには、泣いてる息子と困った顔でなだめている妻がいた。
「なにを泣いている」と大声で聞いたら、息子はさらに大きな声で泣いた。
「おとうさんがドーシタコーシタ」と泣きながらいっているのだが聞きとれない。ますますイラついて「これ
以上泣いたら蔵に入れてネズミの餌にするぞ!」 と怒鳴ってしまった。息子はその言葉に怯えて泣くの
をやめた。

 静かになったところで、再び「どうして泣くのだ」と聞いた。息子は泣き声にならぬように、唇を震わせ
息を途切れ途切れに吐きだしていった。
 「・・・あのね、ボクね、おとうさんにね、お誕生日のプレゼントをあげようと思ったの」と、指さす先には
お菓子の箱を切り抜いて画用紙を貼った四角い物体。そこには「ごみばこ」「まいこんぴゅーた」と書か
れていて、真ん中にはトランプの絵と「そりてて」の文字・・・。
「ボクね、『そりてぃあ』と書こうと思っていたのに『そりてて』にしてしまったの。おとうさんにあげられなく
なっちゃったのー」とまた泣きだした。当時、息子とわたしはヒマさえあればソリティアで遊んでいたのだ。
息子はわたしを喜ばせようと、こっそりプレゼントを作っていたのだろう。

 「ねーえ。いますごく後悔してるでしょう?」と妻が耳もとでささやいた。
わたしは声を出さずに肯いて、泣いてる息子を抱いて二階の仕事場に戻った。
 息子をひざにのせ、パソコン画面の「ソリティア」を「そりてて」と名前をかえ「もう泣くな。プレゼントあり
がとう」と頭をなでた。
息子は泣きやみ、そして抱かれたままわたしのホホを指でつついて「うん」といった。
ごめん、ごめん、ごめん。


●愛のせんべい

 「はい、どうぞ」と、妻のよこした小袋にせんべいが二枚。
袋が破けていた。

 「なんだよ、食べのこしかよ」と文句を言いかけたら、
 「今日、業者さんからもらったんだ。食べてみたらとっても美味しくてね。だから半分残してもってきたの」

 結婚してよかったなと思うとき。


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